もうひとりの息子

「もうひとりの息子」は、もっと過激な設定だ。なにしろ取り違えられたのはテルアビブに住むイスラエル国軍大佐と医師のカップルの息子と、占領下のパレスチナに住む自動車整備士の息子なのです。言語、宗教、家庭環境が異なるだけでなく敵対しているのです。
しかも、息子たちはすでに18歳、今更別のアイデンティティを作り直すことなどできないんです。
こちらの映画では親たちの葛藤もさることながら、焦点は取り違えられた息子たち本人のほうに。まず、最初の対面から父親同士は気まずい空気になり、その場に居続けることすら出来ない。それにひきかえ、同じ生みの親の立場から、自分が生んだまだ見ぬ息子の写真に見入り、ともに手を取り涙する母親たちです。
「母親なのに取り違えられたことがわからなかったのか!」というそっくりな台詞まで。家族が訪問し合うのも容易ではない。イスラエルの側から招待状をもらわないかぎり、占領地区の住民は壁の外に出ることは出来ない。両家の出会いの中で真っ先に仲良くなるのは、まだ幼い妹たち、いっぽう、これまで実の弟と思って来た少年がユダヤの血を引くと知って、憎しみを燃やしてしまうパレスチナ人の兄。当事者二人も二つの家族への思いから深刻に悩むはずなのだが、その辺りはあまり深刻さがなくて、むしろ、お互いに二つの家族を持ったことを受け入れるというとても理想的な終わり方となっていた。それが中東の平和に向けての監督のメッセージなのだろうと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>